2012年11月29日

No.30 キングセイコー56KSとグランドセイコーSBGT001

(2020.3.7追記 手持ちのキングセイコーとグランドセイコーの写真を追加したほか本文も追記しました。)

1970年代前半に作られたキングセイコー(通称「56KS」)である。
8年ほど前(2004年頃)、オークションサイトを介して同好の士から譲り受けたもの。
あまり使用せずコレクションケースの中の飾り物と化すことが多かったが、この夏からまた時折、腕に付けるように・・・。





心境の変化で、手に馴染んだ良い物を、手入れをし面倒を見ながら末長く使う。
そんなこだわりをしてみたくなったのである。

ムーブメント型番はデイトも曜日もなしの「5621」、ケースの型は「7021」

ちなみにデイト付きムーブメントが「5625」、デイト&曜日付きが「5626」となる。
永遠に壊れない道具などない。
でも、いつかは壊れるにしても、そのリスクを低く抑えられるのならばそれに越したことはない。
そうした観点からGSやKSのアンティークの場合、可動部の極力少ないカレンダーなしモデルを選ぶのが最強だと思っている。
なのでこのムーブメントでは「5621」の一択、である。

ちなみに、カレンダーなしモデルの一番の利点だと思うのが、時計好きが複数の機械式腕時計をTPOに合わせて使い分けするときに、いちいち日付を合わせる必要がないという点。
これは、地味ながら、「それ分かるわ~(笑)」と思わずうなずく人も多いのではないだろうか。

シルバーダイヤルと針はオリジナルのまま。秒針の先端部にわずかに錆びが見える。
風防は新品のサファイヤガラスに交換済み。
ケースはリポリッシュしてあるためエッジが少しだけ角が取れている。
オリジナルは金属ブレスなのだが、入手時にはすでに革バンドに交換してあった。
この年代のキングセイコーのオリジナル金属ブレスはオークション出品もので探してもほとんど見つけることができない。
そのぐらい希少。

ウラ蓋記載の個体番号は「2N1284」
セイコーおたくなら、この個体番号だけからこの時計の製造年月が分かってしまうのだが・・・

実はこのキングセイコー、偶然にも、toskaniniの大切な人と同い年(!)なのである。

それも、この時計に特別の思い入れがある理由となっている。

今は、毎朝、起きて、軽く時計を振ってゼンマイを巻き上げ、時刻がどの程度進んでいるか、遅れているかを確認するのが、日課に。

今回ブログに書いたのは、先週、地元の時計店でオーバーホールしてもらったから。

内部の分解、洗浄、注油をしてもらって12,000円也。
前回のオーバーホールは8年前だったので、油切れだと思うが少し遅れが出ていて気になっていた。
「少し進みぎみになるよう歩度調整しました。いい時計なので大切にしてください。」とは高齢の店主談。
内部の部品も良好な状態みたいなので、またしばらくは調子良く使用できると思う。
頑張って動いてほしい、キングセイコー。

90年代半ば製のグランドセイコーと並んで記念撮影。



右が、グランドセイコー SBGT001。
究極のクォーツを目指して開発された「キャリバー9F83」を搭載したフラッグシップモデルとしてバブル終焉後まもなくの1993年に発売。
ムーブメントのウンチクは時計オタクの定番ネタということで・・・

以下はSEIKOのHPから引用した文章

『「キャリバー9F」は、なぜ究極のクォーツなのか。

1993年に初めて搭載されたキャリバー9F83は、年差±10秒という高精度を誇ったが、これはこのムーブメントの美点のごく一部でしかない。もちろんこの精度を達成するためには膨大な技術が注ぎ込まれているのだが、それにも増してキャリバー9Fがそれまでの薄く軽く大量に生産できる、というクオーツの「利点」と決別したのがエポックメイキングだった。見やすい堂々とした針、瞬間日・曜日送りのカレンダー。ブレのない美しい針の動き。りゅうずのクリック感。耐久性。数々の新機軸のメカニズムをムーブメントに組み込むことで、精度だけでなく、日々の腕時計と人との接点すべてを洗練させることを目論んだ稀有な存在であると言えるかもしれない。』

(https://www.grand-seiko.com/jp-ja/special/9f9s9stories/vol1/2/より)

ちなみに、精度の年間誤差が±10秒ということは1か月間で1秒もずれない。
一方で「ぷっ(笑)電波時計なら常に正しい時間ですけど!」みたいに思う人も多いと思う。
この辺は人それぞれの感じ方なのだが、あれは日々の秒のズレ(普通のクオーツだから、一般には月差±15秒程度、年差だと±200秒程度相当)を人間の代わりに時計が毎日自分で時刻合わせしているようなものだから、toskaniniとしてはどうしても「精緻な機械(メカ)としては駄品」という評価しか抱けない。

そもそも比較してはいけないのかもしれない。
「自分だけで極力正確な時を刻む」
「他者の力を借りてでも極力正確な時間を表示する」
正確な時間という目標こそ同じだが、アプローチする思想と手法には大いなる隔たりがある。
その距離は地球とイスカンダル星ぐらいだな、きっと(笑)

toskaniniとしては「追求せよ、正確さの限界を!」というメカ好き男子ロマン的に9Fキャリバーに軍配を上げたい・・・

ちなみに、この年差10秒という精度は、個体によってわずかに周波数特性が異なる水晶振動子の中から優秀品を選別し、制御ICとのマッチングを行い、数ヵ月間電圧をかけてエージングした後に独自の温度補正回路を搭載することで実現されるのだという。
クォーツ時計って大量生産の安物というイメージがあるが、ことグランドセイコーに限ってはそれは当てはまらないのである。

そして、型番からしてメーカーの気合の入り方が違う。
けっこうランダムで割り振られてる感のある型番記号だがメンズGS共通の「SB」に続くモデル型番記号が、「GT」の「001」だもんね。
「SBGT001」って単純に格好良くない?
他の番号が型番一瞥して「あっ負けたわ....」って格負けを自ら認めてひれ伏す感あるんだけど。(...あくまで個人の感想です)

例えば、他のグランドセイコーの例を見てみると、2010年発売のキャリバー9S65搭載の銘機「SBGR051」だとか、それの現行版だと「SBGR307」だとか、リューズガードを備えた新機軸デザインの2007年発売クォーツモデルの「SBGX053」だとか、時計界のアカデミー賞と呼ばれるGPHG(ジュネーブウォッチグランプリ)を受賞した2021発売の通称「白樺」の「SLGH005」だとか、モノは文句なくめちゃカッコいい、が、なんか型番表記だけ微妙に中途半端感が漂ってないすか??

イヤ、機械的な付番にこそプロダクト感があるので俺はむしろ、こっちの方が好き、という方もいるだろう。
オンリーワンのガンダム的と量産のザク的とでどっちがむしろ好きですかと。
または車の希望ナンバーを考えるときに、「8888」や「1111」を好むのか、それとも「6439」や「3275」的なのを好むのか、あなた的にはどっちですか、みたいな。
要は好みと言えば好みの世界であることは分かる。
だが、車だって「AE86」とか、「FC3S」とか、「EK9」とか、「AW11」とか、型番がカッコいいと型番で呼びたくなるのが人情である。

当時は単に順番で割り振っただけかもしれないが、今となっては、クォーツムーブメントの「原点」あるいは「オリジン」、「始まり」等の意味がしっかり付与されていると思う。
こんなかっこいい型番ほかにないから(笑)

車だって、「GT(Grand Touring、Gran Turismo)」のエンブレムには通常グレードとは異なる特別感が漂うでしょ。
個人的には、Great Technology No.1(笑)の略号ではないかと密かに予想している。
決して、土曜の朝に放映していた戦国魔神No.1ではない(笑)

現行GSオーナーの方なら自分のGSの型番と比べて、この「SBGT001」という型番のカッコよさを理解していただけるのではないかと思う。

当時のGSのカタログの表紙をめくった見開きにはこのモデルのモノクロ写真が使われていてサイコーにいかしてた(死語!)。

安月給だった折、待ち合わせた喫茶店で当時の彼女にいくらで買ったか話したら「馬っ鹿じゃないの!」と怒られ、店員さんに振り向かれた思い出の時計でもある。

ムーブメント以外にも、驚異の平滑面を実現するケースのザラツ研磨、柔らかく抜群のフィット感を生む精緻な意匠のブレスレット、パソコンが個人に普及する前(Win95すら発売前)としては画期的な耐磁機能...etc 語ろうと思えばいくらでも語れるこだわりが満載である(笑)

特別な時計であることを示すビックリするような仕様をいくつか紹介すると・・・

驚きその1
特殊な「ツインパルス制御モーター」が搭載され、実は1秒間に2回駆動(ツーステップ運針)することで大きな針を精確に駆動している。それまでクオーツ時計では不可能とされていた重い針を動かす力を確保するために運針トルク負荷を分散する技術であるらしい。
昔、理科で「仕事量=重さ×距離」とならったアレである。重い針でも、動かす距離が半分なら、動かす力も半分で済む、ということ。
ちなみに「正確」ではなく「精確」である。SEIKOのHPでの9Fキャリバーの説明記事でのオフィシャル表現であるとともに、字の意味からも相応しい。
だが、目視では他のクオーツ時計となんら変わる動きに見えないため、知識としては知っていても正直「ふうん」て感じだったのだが、最近、Youtubeで9Fキャリバーの運針を超スロー撮影した動画で本当に1秒に2回運針しているのを見て素直に感動したところ。
動画の説明がそのまんま「肉眼では識別不能 ツーステップ運針」である(笑)

驚きその2
秒針がすっと動いてぴたっと止まる、「バックラッシュ・オート・アジャスト」機構。他のクオーツ時計の秒針をじっと見つめると分かるが動きにわずかなブレが確認できる(特に止まるとき)。
まあ歯車のメカニズムにおいて避けることのできない歯車間の「遊び」由来なのである意味どうしようもないのだが、9Fキャリバーは、その「どうしようもない」現象を克服したのである。
機械式時計で使用する「ひげぜんまい」をわざわざ組み込んで歯車の回転方向とは逆向きの弱いトルクを常時発生させ強制的に遊びをなくすることで、冒頭に書いた「
秒針がすっと動き出して、ぴたっと止まる」美しく精確な運針を実現しているのだそう。
(SEIKOのHPによると開発者の目指したのは美しい「立ち居振る舞い」とのこと。納得!!)
SBGT001の秒針の動きはほんと美しくて眺めていて全然飽きない・・・「唯一無二」という表現がぴたり当てはまる超絶かつ究極の運針、これを見ることができるのは所有者にのみ与えられた特権である。

驚きその3
カレンダーの瞬間日送り。この機構自体はトルクの強い機械式時計では実装されていたが(ロレックスが有名)が、クオーツ式時計への搭載を実現したのはグランドセイコーのこのムーブメントが初めてである。
ちなみに切り替えの速度は驚異の「2,000分の1秒」である。
夜中の12時になる時に
、まばたきを我慢して見ていると、実際には「カシャ」という音ですらなく、とても擬音化できないぐらいのスピードで日送りされる。
関係ないが、仏教の用語で「刹那(せつな)」とは約70分の1秒だそうである。
とするならば、「日の変わるその刹那」よりも短いタイミングでSBGT001のカレンダーはその表示が変わるということ。
なんか、哲学的でカッコいい。

驚きその4 
ダイヤルも必見で、一見して何の変哲もないホワイトダイヤルなのだが・・・

実はミクロン単位の極薄の純銀箔を何十枚と重ねて「純銀を純白に見せる(銀色と認識できないほど光を乱反射させ白色に錯視させる)」というそこまでするか的な、途方もないこだわりがあったりする。
確かに、絹織物から光沢だけを取り去ったような独特のマットな純白である。
マットさの程度も絶妙で、無反射コーティングされたサファイヤクリスタルガラスの風防越しにダイヤルの表面が平滑でないことが、目を近づけてようやく認知できるぐらいのきめの細かさである。

以上、一見して分からないが、途方も無い手間とコストが掛かっているSBGT001の超コダワリ超絶仕様を4点ほど紹介してみた。(まだまだあるが・・・)
開発時期がバブル期に被っていることも多少は影響しているのだろうが、それにしても究極のクォーツを目指したSEIKOが気合を半端なく入れたのが分かる仕様の数々である。
一見して分からず、注意して見ないと分からない(針の動きなどは注意して見ても分からない(笑))・・・もう完全に製作者と所有者しか共有できない自己満足の世界。
そんなこだわりに何の意味があるのかとも思えるが、コアユーザーとしてはそんな疑問を持つ暇があったら、ただただ萌えるのがよろしい、と常々思っている(笑)

以下はSEIKOのHPから(無断で借用した)シルキーなマット感が良く分かるとても美しい2枚の写真。ぜひクリックして拡大表示して見てほしい。
この時計を腕に巻いていることをつくづく誇りに思う。
くどいようだが「GT」の「001」、最高である


(https://www.grand-seiko.com/jp-ja/special/9f9s9stories/vol1/1/より)


(https://www.grand-seiko.com/jp-ja/special/9f9s9stories/vol3/1/より)

まるで、CDプレーヤーに1個8,000円もするバーブラウン社製のDACチップを並列で8つも搭載(2chなので2つあれば十分足りるのに)して限界までアナログ音への変換精度を追求したバブル期のKenwoodのオーディオ機器と発想が似ていて、そういう技術者の挑戦というか一見無駄なこだわりにtoskaniniは超萌えるのである。



ブレスの意匠もすごく凝っていて、クラシカルというタイプで金属ブレスのうち手巻きに多いフォーマル寄りのものなのだとか。
5連なのだが、直線と曲線、スクエアとラウンド、つや消しと鏡面磨きという対照的な要素が外側の2列と中央の3列とで対比的に使い分けられている。

こうした全体の作りや雰囲気と比べると現代のグランドセイコーは、いい意味でよりモダンに洗練されたのかもしれないが、コテコテな押しの強さが薄くなってなんだか量産品ぽく、優等生的な工業製品になったなぁと思わなくもない。

下の写真は右が(2021年から見て)約30年前の1990's GS、左が約50年前の1970's KSなのだが、こうしてみてもデザインにあまり古臭さを感じさせないところも大いに気にいっている。

「諏訪のグランドセイコーと亀戸のキングセイコー
今の時代なら、同じ社内でなんというリソースの無駄食いを・・・と非難されるのだろうが、二つの腕時計の切磋琢磨というストーリー性も高度成長期の日本のモノづくりを語る良きエピソードの一つではないかと思う。



グランドセイコーは独特のザラツ研磨なので撮影が異様に難しい・・・キラキラ感が全然表現されていない。

実物は驚異的にキラキラなのに。腕にすると、地味なロレックスより目立つ事間違いなし。
実はこのグランドセイコー、照明・スポットライトへの反応度が高くめっちゃキラキラするので、飲みに行くとホステスさんたちから「うわーその綺麗な腕時計なんですか?」と聞かれることが多い。仕事柄、彼女たちは客が身に付けているものをさりげなく、しかし、しっかりと観察しているのだ。
(「スーツ、革靴、腕時計の順に5秒で一瞥します」、とある子が教えてくれた(笑
))
もっともその後、「どこのブランドですか?あんまり見たことないブランドかしら・・・」とたたみ掛けられて、しゃべる気を失ってしまう。
だって「セイコーですか・・・」や「ふうん・・・」とかで会話終わっちゃうことが多いから。

逆にビジネスシーンで男性同僚だと、「おっそれグランドセイコーじゃね? 見せて!、ちょっと腕にはめさせて!いいな俺も欲しいな!」となることも多かったりする。

tskはスイス製も含め時計は十数本持っているが、工作精度と仕上げの美しさにおいて、グランドセイコーは他の時計からレベルが頭ひとつ抜きん出てる感じ。
その意味ではこの世の頂点。断言できる。
端正なジャポニズム的美しさをうまく体現していると思う。

モノとしては勝っても、ブランドネームの歴史と知名度の総合力では明らかに負けてるのが悔しい。

モノの比較ではなく、ブランドの比較でヨーロッパの歴史ある時計メーカーより数段落ちるポジションに甘んじているのは正直悔しい気がする。
もっと評価されてもいいと思うんだが・・・頑張れセイコー。

1970年初頭のキングセイコーの端正な容姿には、日本的なまじめな美しさが感じられる。

1990年代のグランドセイコーにもその精神がきっちりと受け継がれていると思う。


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