保育社 カラーブックスシリーズ
「水石」(1965)
村田圭司著
山や断崖、滝や平野の姿を模した数々の石の写真が載っていて、一瞬で心を奪われた。
清和天皇の貞観5年(863年)今から約1200年前に紀伊の国千里の浜で見つかったという
銘「さざれ石」
そう、国家「君が代」にも詠われるあのさざれ石である。
わが国最古の鑑賞石であったが、昭和52年に広島県福王寺に落ちた落雷により砕け散り、現在は不鮮明なモノクロ写真で往時の姿をかろうじて確認できるのみ。
あるいは、後醍醐天皇が行幸の際に肌身離さず持ち歩き、その後、豊臣秀吉、徳川家康、尾張徳川家へと受け継がれ、現在は徳川美術館所蔵となっている
銘「夢の浮橋」
あるいは、織田信長が石山本願寺との和睦に際し贈り、現在は西本願寺の寺宝となっている
銘「末の松山」
あるいは、寛政の改革を実行した松平定信公が名付け、現在は上野寛永寺の寺宝となっている
銘「黒髪山」
あるいは、小堀遠州が愛賞し、その後尾張徳川家初代義直に奉じた
銘「初雁」
あるいは、上杉家伝来の、銘「霊峰富士」
仙台伊達家伝来の、銘「鎌倉」
細川家伝来の、銘「重ね山」 などなど
日本刀に伝承や所有者の由来があることは知っていたが、ただの石ころ(・・・当時は本当にそう思っていた)に歴史上や所有者の由来があるなどとはまったく思ってもいなかったのでポケット図鑑を読んでかなりの衝撃を受けたのだった。
その後、自分でも河原で名石を探してみよう・・・とチャレンジしたのだが・・・
これがまったく拾えないのだ。
まず、かっこいい山形の石が落ちていない。
加えて白っぽかったり薄い色の石しか落ちていない。
・・・ということで形と色・質感の両方を備えた石を拾える確率は天文学的な低さであることに思い至る。
だからこそ、水石趣味の人はけっこういるのに名石は世の中に数十個(ゆるめに見ても百数十余)しか存在しないのだ。
で、ポケット図鑑のほかにも水石の書籍を購入して勉強したら、水石には、産地が大切なこと、色と形や質に一定のルールがあること、がだんだん分かってきた。
どこででも見つかるわけではない。
これまで二十数年の間、延々と様々な川の河原を探石し続けてきて、手元にあるお気に入りの石はわずか10個にも満たないほど。
自分でも驚くが、それぐらい、形・色・質・肌を兼ね備えた石と出逢う確率は低いということか。
福島県内で水石となるクオリティの石を拾える可能性があるのは、諸橋元三郎さんが全国に好間川石の素晴らしさを発信して知名度が全国区の「好間川」と仙台伊達家の家宝として伝えられた銘「鎌倉」を生んだ「阿武隈川」(産地には異説有)、硬質の真黒石を産する「只見川・伊南川」ぐらいだろう。
20年以上前に福島県伊達市の河原で自採した阿武隈川石。
十分に川擦れした真黒石で、自然のままの初心石(「ウブ石」とも言う)である。
谷に隔てられた二つの峰。
急峻な頂きとそこから続くなだらかな稜線のバランスがいい。
左右10cmに展開する大自然のパノラマ。
ちなみに加工されていない自然石に美を見出すのが水石の世界での大事な決まり事なのだが、唯一「底切り」といって底を平らにカットすることだけは認められている。
・・・しかし、toskaniniは「底切り許容しない派」である。
なぜなら、どこか1点でも加工してしまえば、もはやそれは石材を彫刻した人為的な制作物に過ぎないから。
その意味で、toskaniniは”水石原理主義者”なのである(^^♪
約20年ほど前に福島県庁裏の河原で自採した阿武隈川石。
遠山型の真黒石である。
ウブ石で、整った山容と雪蝕の谷筋が具象されている。
左右たった7cmに凝縮された大自然の景。
福島県福島市の河原で自採した阿武隈川石。
真黒でウブの単峰型山形石。
頼山陽の遺愛石で加茂川石の名石「日出處」にも似た単純化された美のかたち。
安定感と広がり感の両方を感じられる。
二十年以上持ち込んで肌に味わいもでてきた。
中央の絶壁を伝う糸滝がアクセント。
左右9cmに満たない天下太平山。
福島県福島市の河原で自採した阿武隈川石。
なだらかな形の単峰型山形石。
なだらかな形の単峰型山形石。
色は緑がかった鈍色(にびいろ)、和色の名前で言うところの青鈍(あおにび)で、叩くとカーンと金属音がするほど超硬質。
秋晴れの日、庭のウッドデッキで青空を借景に撮影してみた。
手のひらにスッポリ収まる極小サイズながら、見せる風景はダイナミック。
これぞ水石趣味の精髄なり。
裾野の広い穏やかな山容。
現実の阿武隈山系の山々も花崗岩質なので真砂土化(風化)が進みやすく、この石のように山頂が丸まっている。
なので、この石は、toskaniniにとって幼い頃からずっとそばにあるふるさとの山々そのものなのである。
左右7cmに満たないまほろばの御山。
2年ほど前に福島県いわき市三和の好間川から自採した石。
まだ、台座の製作に取り掛かれておらず、専ら水盤で鑑賞している。
限りなく真黒に近い蒼黒で、幾多の名石を生んだ好間川石として理想の石質。
御斉所変成岩帯からは景色の良い石が比較的得やすいが、乾いた状態で光沢を放つ石は極めて稀。
ウブながら座りも良し。
残雪を噛む峻厳なる奥山の景か、其れとも孤高なる茅舎の佇まいか。
高さ9cmに宿るダイナミズム。
ちなみに同じいわき市を流れる「入遠野川」と「鮫川」からは好間川とほぼ同等の水石を産出することが地元愛好家には良く知られている。
好間川は上流部が御斉所変成岩帯に位置し、入遠野川はほぼ全流域が御斉所変成岩帯に含まれ、鮫川は御斉所変成岩帯を貫流する。
産出する石は「ほぼ」同質であるが微妙に違う。
実際にいわき市で探石をしたことのある人なら実感できるが、
鮫川>入遠野川>好間川 の順にわずかに緑色の成分が強い。
これは同じ変成岩帯であっても西から東に向かって生成時の変成度が異なる(変成熱源からの距離が異なる)ためである。
結果、相対的に同じ青黒や緑黒でも真黒に近い色味の石は最も好間川に産出しやすく、知名度と評価が一歩抜きんでていることの理由となっている。
以上、7~10cmの掌上サイズの「大自然」を5選。
「一生一石」とは良く言ったもので、お気に入りの石はいくつか所有しているが、終生この石さえ傍にあれば・・・との心境の石にはまだ巡り合っていないような気がする。
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